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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)9242号 判決

原告

南俊夫

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

坂本由喜子

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一現行の公職選挙法は、選挙運動の主体を政党その他の政治団体と個人候補者との二本建とし、政党その他の政治団体には、当該選挙の期日の公示または告示のあつた日から選挙の当日までの間(以下「選挙期間中」という。)においても、候補者の推薦、支持その他選挙運動のための政談演説会等の選挙運動にも及ぶ政治活動を許している(公職選挙法第一四章の二及び三)。そのため、政党その他の政治団体に所属する候補者は、その政党その他の政治団体による政治活動ないし選挙運動によつて利益を受けるのに対して、個人候補者はその利益を受けられないという不利益な立場に立たされることになるが、公職選挙法は、右の格差を是正するために、衆・参両議院議員選挙において、推薦団体の制度を設け、この推薦団体も選挙期間中選挙運動をすることができることとしているけれども(公職選挙法二〇一条の四)、右制度の適用を受けるには、少なくとも、政治団体を組織しなければならない点において右の不利益が完全に解消され尽しているとすることはできない。

二ところで、我が国においては、主権者たる国民が直接政治を行うのではなく、正当に選挙された代表者を通じて政治を行うという代表民主制がとられているが、この代表民主制のもとにおける選挙については、国民の利害や意見が公正、かつ、効果的に国政の運営に反映されるものでなければならず、そのためには、理論的な側面のみならず、我が国の実情に即した技術的、現実的側面をも考慮に入れた選挙制度を設けることによつて国民の代表者を選出することとしなければならないのであるが、この選挙制度には、論理的に要請される一定不変の形態が存在するものではなく、日本国憲法は、右の目的を実現するため、衆・参両議院議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(憲法四三条二項、四七条)、衆・参両議院議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであつて、そこでは「法の下の平等」の原則は重要な一要素ではあつても唯一絶対の基準ではないのである(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決、民集三〇巻三号二二三頁参照)。

ところで、議院内閣制を採用する日本国憲法のもとにおいては、その政治上の主義を同じくする者が集つて政党を結成し、積極的に国民に対してその政治的意思の形成を働きかけ、その結果国会において多数の議席を占めることによつてその政治政策を実現しようとする政党政治が当然のこととして予定されているものといわなければならないが、そのために政党は、たえず国民に対して積極的に政治活動を行う必要があることとなり、政党の選挙運動にわたらない日常政治活動が、選挙期間の内外を問わず、一般的に広く認められ、とりわけ選挙期間中においては、その所属する候補者の当選をめざして選挙期間外よりもいつそう積極的な政治活動が予想されることとなる。また、右のような政党の国民に対する積極的な政治意思形成への働きかけは、都道府県や市町村議員、首長の選挙を通じて同様に行われるから、右選挙期間中においては、通常よりも積極的な政治活動が予想される。

ところが、選挙活動とそれ以外の政治活動とは、理論上は明確に区別されうるとしても、実際にはその限界は微妙で、両者の区別は困難とならざるをえないから、政党その他の政治団体の選挙期間中の選挙活動を一切認めないとか、あるいはその政治活動を無制限に認めるというように割り切つて考えることは、政党本来の使命が全うされなくなるか、あるいは、公正な選挙の実施を目的として選挙運動に種々の規制を加えている公職選挙法の趣旨を全く無意味にしてしまうおそれがある。右のように割り切つた考え方に立つて選挙制度を設けることは、にわかには不可能であるとともに、妥当でもないといえよう。

そこで、前記憲法四三条二項、四七条等の憲法上の諸規定をみるとき、以上のような視点に立ちつつ、各候補者間の平等あるいは政党本来の機能を充分に発揮させることの必要性等々、各般の現実的諸要素を考慮したうえ、公正、かつ、効果的に国民の意思を反映する代表を選出するためにいかなる選挙制度を確立するかは、基本的には立法府であるとともに国権の最高機関でもある国会の立法上の裁量にゆだねられているものというべきである。

三そこで、公職選挙法の具体的改正内容について検討する。

(一)  原告は、公職選挙法の昭和二七年法律第三〇七号及び昭和二九年法律第二〇七号をもつてなされた改正を問題とするが、右両改正は、それまで選挙運動とこれを含まない政治活動とは理論上明確に区別され、選挙運動にわたらない政治活動は、規制の対象とすべきではないとされていたことに対し、選挙運動とこれにわたらない政治活動とは実際上しかく明確に区別されうるものではないので、政党その他の政治団体の選挙期間中の政治活動をも規制の対象とすることにしたものと考えられるのであるから、右両改正をもつて、個人候補者を政党その他の政治団体に所属する候補者に比べて不利益に扱うものである、とすることはできない。

判旨(二) 次に現在のように政党その他の政治団体に対して、選挙期間中にも一定の範囲で選挙運動をすることを許し、選挙運動の主体を政党その他の政治団体と個人候補者の二本建としたのは、昭和三七年法律一一二号以降の改正によるが、弁論の全趣旨によれば、右の改正は、当時選挙の実体が政治政策をもつて選挙運動を展開するというよりは、むしろ個人的縁故や個人的声望に依存し、そのため多額の選挙資金が使用され、「金権選挙」であると批判されていた現実を直視し、個人候補者を中心とする選挙運動のみを認める個人本位の選挙制度を根本から見直して、現在要請される政党政治を実現し、選挙資金のかからない政策論争を中心とした選挙運動が行われることによつて、国民の利害や意見を正しく国政に反映させるため、選挙制度審議会の審議を経て行われたものであることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

ところで、前述のとおり、日本国憲法は、政党政治を容認しているのであり、今日では国政に政党が占める役割は重大なものとなり、政党の存在なくしては現代政治は成り立たず、政党の政策を通じて国政が運営されている実情にあるものと考えられるが、このような政党の今日における現実的役割と、他方では、前記のように、個人本位の選挙制度がもたらしたものと考えられる弊害等に対する批判と反省の存したことを考慮すれば、現行公職選挙法が、政党その他の政治団体に所属する候補者と個人候補者との間に選挙運動等について現行法上もうけている若干の差異は、現実的、かつ、合理的な根拠に基づくものと評価できるのであつて、何ら国会の立法裁量の域を越えた違法不当なものということはできず、その他現行公職選挙法における規定が国会の裁量の範囲を逸脱しているものと認めるに足りる資料はない。

(なお、原告は、日本国憲法は国民の個人をその対象としているのであつて、個人以外の政党や団体に特権を与えること自体が憲法に違反するものであるとも主張する。しかし、日本国憲法は、たんに個人をその対象とするのみではなく、法人等の団体もその対象としているのであつて、右主張は、ひつきよう前述の差異が合理的なものではないとの主張に帰着するものと解される。)

四以上の次第であるから、現行公職選挙法には、原告主張に係る憲法違反等違法不当の点があるとは認められないので、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(仙田富士夫 日野忠和 小野木等)

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